序文

 この度、吉田鷹村先生の著書が上梓されることとなった。

 先生は大森曹玄老師に嗣法、田邊古邨先生に書法を学び、松本洪先生に付き漢籍研究を修めた碩徳である。

 今日の世界をみるに、気候変動から世界情勢及び各個人の身辺に到るまで混迷と混濁をきわめる。この暗暗裏の世に、禅及び書により人間の道への覚照と己事究明を、先生御自身の体験を通して述べられた著作が送り出される事は大変意義深い。

 西洋でも「現代人は何でも知らぬものはない、ただ自分のことだけ知らない」とアーノルド・トインビーは云ったという。忘れられた心身一如の世界であろう。現代人は今こそ真摯に己の内に向って、あらためて問えということである。

 この先生の著書を開くことによって、禅者の活溌溌地な祖師方の行履に接し、この古聖と共に手を把り眉を結び、更に向上の道を尋ねる同道の人にとり、この本をその修行体験また筆墨参究の指針として、常に伴侶として左右に置き心読されることを心より願ってやみません。